HOME >境内のご案内 >大砲「大極」

大砲「大極」

 

太極砲

1門
水戸市指定文化財
(昭和37年2月24日指定)
水戸市教育委員会
 

 第9代徳川斉昭公(烈公)は欧米の侵略が、やがて我が国にも迫ってくるのを察して、尊王攘夷を唱え、思想統一と武備の充実に邁進された。
 その一環として、領内の梵鐘や仏像仏具などを集め、天保13年(1842)から翌年にかけて、型式の違う75門の各種の大砲を鋳造させた。
 常磐神社に残るこの太極砲は、その内の1門で型式は臼砲に属し「天砲」と言った。
 口径36センチ、口辺の厚さ9センチ、砲身127センチあり、斉昭公筆の『太極』の銘が浮き彫りになっている。
 これにケヤキ材の、径58センチ、厚さ32センチの四輪の車架がつけてある。
 なお、鉄製の弾丸2発がそえてあるが、これは戦艦や砲塁などを破壊する破裂弾である。
 嘉永6年(1853)、黒船(ペリー)渡来に対する江戸湾の防備充実のため、この1門を残して、74門は弾薬を添えて幕府に献上した。
 当時すでに水戸藩には、この他に多くの大砲が備えられていたからである。
 この後、斉昭公は城東の細谷に神勢館を創設し、五町矢場を築いて大砲射撃の演習をさせ、さらに館に付属した鋳砲場を設けて青銅砲を鋳造させ、那珂湊には反射炉を築いて、鉄製の大砲を鋳造させて武備の充実を図った。



参考資料・『常磐神社史』 ========>蔵~資料館~へ